のだめもうだめカンタービレ

空間から音楽が消えていき、静かにスイッチは入る。硬貨を取り出す手の動きには迷いがない。見つめるだけでそこに吸い込まれそうな、僅かに細長い黒の空間。そこへ銀色がゆっくりと吸い込まれていく。


ゲーセンに、ハマってしまった。


琉球から帰ってきている友人、それと信州から戻り親の元でタダ働きさせられている友人と会って騒いでいた。途中、外へ出ようということになり、何となく近くのダイエーへ。他にすることもないので、ゲーセンコーナーに行ってみた。性格上、ゲームセンターに近づくことはあまりなかったが、行けば行けばで色々と興味があるものも。全然できないが、クレーンゲームの辺りをうろついていた。
と、そのときあるものが目についた。マングースのぬいぐるみだ。よく見ると、のだめカンタービレに出てきたマングースのきぐるみだった。それの小さなマスコット。かわいい。ちょっと欲しいな〜、と思ってしまった。しかしこういうクレーンゲーム苦手だし……
だが、このときにあることを思い出した。一昨日高校に行ったときの、後輩との会話である。
「もう受験生だから、ゲーセンとか行って遊んでる暇なんかないだろ?」
「いえいえいえ、あのマングースのぬいぐるみはかわいいですよ!頑張って取りましたけど、先輩も見たらわかりますよ!!」
まさか、あの会話に出てきたのって、コレ!? そうなら、話は違ってくる。
後輩に出来て、先輩が出来ないはずは、いや、後輩が出来るんだから、先輩も出来ないと恥ずかしいだろォォォ!!!! 先輩的プライド発動!!
すばやく財布を取り出し、開く。100円硬貨は4枚。これで決めてやる!!
ガチャーンと硬貨を入れ、チャレンジスタート! クレーンを操作する、横のボタンと縦のボタン。どこを狙えば良いのかわからないが、とりあえず慎重に、まとまってそうな所を狙う。
1回目。クレーンが詰まれた人形の隙間に潜り込み、一気に掴み上げようとするが、むなしくマングースたちはボロボロと落ちていく。今までに経験したことのないような類の“くやしさ”を感じた。なんだこれは、もどかしさと虚無感が混在している……ッ!
2回目。クレーンは人形の腹を押さえつけてしまい、上手く人形を拾えなかった。UFOキャッチャーそのものを殴りたくなる。
3回目、4回目も同じような結果。少し諦めたいとも思ったが、ここまで来た以上、引き下がるわけにはいかない。財布の中の1000円札を確認し、両替機に向かった。
ガラス(プラスチック?)越しの大量のマングース人形は、ややにやけた表情でこちらを見ている。失敗するたびに、少しバカにされている気がして悔しい。どんどん硬貨が減っていく。今、自分の闘志は静かに燃えている。いや、こんなところで燃やしてどうするんだと思うが、この瞬間においては、そのような冷静さは灰燼と化してしまう。やるんだ!やるしかないんだ!!


もう何度目だっただろうか。おそらく1000円超えたかどうかの挑戦のときだった。何となくコツが掴めた気がして、そしてその素人なりの考えに従って、クレーンの位置を調整していったとき。開いたクレーンの片端が、ぬいぐるみの頭から出ている紐に引っ掛かった
「おっしゃぁぁぁぁ!!!」思わず叫んだ。これ以上ないくらい嬉しかったからである。だがさらに、ビギナーズラックとでも言うしかない奇跡が、さり気なく起こっていた。


人形のシッポの部分に紐が引っ掛かっている。それも、2つ。そして、その片方のぬいぐるみの耳にも、紐が1本。


まさかの4個同時入手。


「うぉうぉぉぉうひえぇぇぇぇ!!!」もはや叫びは言語の体を成していない。今まで感じたことのないようなカタルシスが体中を巡っていく。同時にデジカメを家に置いてきてしまった事を後悔していく。だがしかし、このときの感動はそれさえも跳ね飛ばしてしまう。同じコーナーには、家族連れ、だからちびっ子もいたが、正直おかまいなしだった。
「うっしゃー!!やったーーッ!!」それにしてもこの男、ノリノリである。調子に乗りすぎて、さらにコインを投入している。一体何をしようとしているのか。
この奇跡に味をしめ、さらに人形を手に入れようと考えた。どうせならもっと集めてやろう。俺の部屋をマングースで埋め尽くしてやるわァァァ!!! 今思うと、信じられない野望だ。
コイン投入! ミス! コイン投入! ミス! エラーを繰り返すが、それでも諦めず、必死にぬいぐるみを得ようとする。最初のためらいはどこへやら。自分の家計がギャンブルにハマりがちだということを思い出しながら、それと同時に「俺、何でこんなにムキになっているんだろう。小学生か」とも感じていた。母性本能をくすぐるタイプだとは思わないが、こんなしょうもないところに子供っぽさを残してきてしまっている。


結局、2000円程度を一気に使ってしまった。
戦績:マングース人形 7体


目が覚め、「まじかよ……」と思ったときにはもう遅い。財布からお札が2枚消えていた。信じられないが、これは現実だ。いっそ全て使い切ってやろうかと思ったが、そんなことをすればまた今後、同じ過ちを繰り返してしまいかねない。ていうか、取ってもあげる彼女も何もないのに、どうしてこんなことを達成しているんだ俺は。だれにプレゼントすればいいんだ。


なんとも言えないもどかしさが残ったので、それを少しでも晴らしてやろうと、一台だけ置いてあった「太鼓の達人」をプレイ。ゲーム自体凄く久しぶりだ(1年以上してない)し、とりあえず「ふつう」の星5つレベルをやろうにも、BLEACHの主題歌とか、知らない曲ばかりだったので、何とか見つけたバンプの「天体観測」をプレイ。
バチが信じられないくらい重く、堅かったが、体を怪しく上下に揺らしながら、ドンドンカッカッ叩いていった。正直、不審人物に他ならない。だがそれも気にせず、ここは「リズム天国」で鍛えたノリ感を生かし、1ミスのみでクリアーした。「あのミスが無ければパーフェクトだったのに……」とも思ったが、まぁ久々にしては上出来だろう。次の曲を選ぼうとする。
だが、同レベルで知っている曲がない。アニソンの方を見ていて、以前友達が聴かせてくれた「THE IDOLM@STER」の「GO MY WAY!!」を発見、サビの「ごまえー」だけ覚えていたので、選択してみた。2人の友人は、「何ソレー」と言っていた。
ドドドン、ドドドン、サビの部分に入り、リズムに乗ってくる。バチが重すぎて、さっきから手に激痛が大絶賛走りまくり中でエラーもガンガン出ているのだが、我慢する。スコアが上がってきて、よく見ると画面の端にアイマスのキャラっぽいのがワラワラ出てきた。何も知らない友人に「ホラ! キャラも出てきて応援してるじゃないか!」とか言う自分(でも略語は知っちゃってる)。よく知らないくせに、吐くセリフはオタクっぽいと認めざるを得ないだろう。どうしてこんなことを口走ったのか。それにしてもこの男、ノリノリである
ゲームも終わり、まさに精根尽き果てた。バチを手放し、よく見ると、右手の親指の付け根が青くなっている。太鼓の達人で、見事な内出血。100円払って、恐ろしいダメージを受けてしまった。


お金もかなり失うし、手は傷めるし、たまにゲーセン行ってもロクなことがありませんね。だがマングースは嬉しかった。あげる人がいない悲しさは、広島に戻ってから噛み締めようか。