網目模様の一日
目覚ましが鳴る。体を無理に起こすため、少し遠くに置いてある。隣人に迷惑になる。飛び起きる。
「バキャッ……」
嫌な音がする。足に無機質の感触。布団との間に何か…
携帯だった。
ぎ……
ギャアアァァァーーーー ←心の叫び
やってしまった。いつかやるだろうと思っていたけど、ついに現実になってしまった。
一瞬で目が覚める。そうか、これは新種のカフェインだ。飲むタイプ(眠眠打破)、舐めるタイプ(眠眠打破シート)はあったが、この見る、聞くタイプは新種ですね。聞くカフェイン、効くカフェイン。
致死量は、他のよりも圧倒的に少ないようだが。 あと1回で逝けそうだ。
ふらふらしながら携帯を見る。予想に反して、外観には変化が無い。おっ、案外大丈夫なのかもと、中を開く。
液晶画面は、いつも通り点灯した。 そして、
さぁぁ………と静かな余韻を残しながら、ゆっくりと、消えていった……。
(完)
ぎ……
ギャアアァァァーーーーーーーー ←魂の叫び
危うく、液晶画面と一緒に、意識も消え失せてしまうところだった。
どうしてこんなことに……
ドコモショップで直してもらおう…処置を諦めて、外に出ようとドアを開ける。
「ネバルゥゥーン」
まさかの蜘蛛の糸。
「うわぁぁぁぁ!!」思わず声が出る。ただでさえ精神状態が不安定になっているのに、大嫌いな節足動物を目にしたからだ。
なんだこれは、本当に、昨日のタイヤの呪いなのか!?
ホーム・アローンみたいなことすんな!ノリで死ぬぞ!?
泣きたい気持ちで、ペダルを力一杯漕ぐ。呪われたタイヤはそれに応え、駆け抜ける風が髪の毛を揺らす。 ゆらゆら……
そういえば、2日前に、北海道に行った友達から「ケータイの基盤がやられてデータがとんだ。他の人の連絡先教えて!」とメールが来ていた。どうも、同じような状況になりましたよ。一蓮托生、強い友情。こんなところで再確認するとは。
あの日は、自分が助言していた。「携帯も信用できないからね。データはアナログやパソコンにバックアップしておいて方が良いよ」と。
自分は、言ったくせにしていなかった。
自己嫌悪。そんな中で、自分の考えが裏打ちされたことに気づく。
日頃から自分が思っていることの一つに、「経験とは、それがよほど希有な場合でない限り、殆どすべてが共有されうるものである」というものがある。平たく言えば、自分の身にもいろんな事件が及ぶかもよ、ということだ。一本の糸のように、経験それぞれは、人の世によこたわっている。
ニュースや友達から事故・事件・失敗の話を聞くたびに「でも、自分の身にも起こりうるよな」と注意するようにしている。伝え聞くことは、自己を戒めるチャンスなのだ。
なのに、これだ。
最近自分が腐っていたことがよくわかる。悔しさが、尾を引く。
しかしそうやって落ち込んでいるときに、気にかけていたとある人から電話が入る。久しぶりに聞く声に、なんだかこっちが元気付けられた。
世の中のバランスは本当によくできているんだなぁ、とすごく実感した。辛い気持ちだけで終わる一日はそんなにないし、幸せな気持ちだけで終わる日も滅多にない。
例えてみて、幸も不幸も、同じくらいにたぐり寄せ、紡いでいく糸が経験であり、その糸で縫い上げていくのが、人生といえるのではないだろうか。
蜘蛛は縦にも横にも、外側からも内側からも糸をかけ、あの見事な模様をつくっていく。
携帯を踏んづけた朝から今に至るまで、そんなことを考えていた。