ゆめタウンの反逆 〜レジスタンスは黎明をみるか〜
フリーダイヤルの録音音声に興奮しすぎたあまりかけ過ぎて逮捕された人が出たと。
声フェチの風上に置けん奴です。
みなさんこんにちは、自他共に認める声フェチ、pechonです。
生まれてきてすいません。
おい、今回逮捕された輩よ!
貴様は破門じゃ!
今後一切わしの道場の敷居を跨いではならん!
…………………………
課題でウンウン唸っていた。
終わらない。助けてドラえもん。
だけど救いは舞い降りず、とりあえず食料調達に出掛けようと思い立つ。
時既に、21時過ぎ。
向かう先は、ゆめタウン。
広島大学から下る坂に面するその中型スーパーは、おおよそ一般的なそれと同様に、夜が更けるにつれて商品の値下げを敢行する。
21時が、半額の目安。
腹を減らしサイフも痩せこけた多くの学生が、目を光らせながら次々と集まっていく。
自分もその一人。
そして今回はベストタイミング。
いつも通り、半額シールをべたりと張られたおかずや弁当が並んで……
ない。
いや、商品はあった。
厳密には……
2か3割引で止まっている。
ば……馬鹿なッ!?
私のデータに狂いはないはず……。
まさか。
ゆめタウンが、値下げの基準を変更してきたとでもいうのか!?
それは南極条約に反することになるぞッ!
信じられない。
今までより割引を2割削り、数多く訪れる客の中でその2割をさして気にしない者に購入されれば問題がないという判断なのか?
並んでいるおにぎりは2割引。寿司も2割引。
ああ、みんな、諦めたような顔をしてカゴに入れちゃいけないよ。
ゆ……許せんッ!!
私は屈さんぞ!!
断じて、新体系を受け入れてなるものか!
購入はすなわち肯定!
ここで消費者が諦めてしまうと、ゆめタウンに都合の良いルールを認めてしまうことになる!
それは駄目だ! 決して許されてはならない!
爪が突き刺さらない程度に拳をぎゅっと握りしめ、目をぎらつかせながら、私は踵を返した。
とりあえず戦略的撤退だ。
2Fのフタバ図書で軽く時間を潰すことにする。
登りのエスカレーター。
前方に、人間が2人。
カップルである。
近頃繁殖力を増し、広島大学キャンパスの至る所で見かけるようになったので、そろそろ東広島市に駆除願いを届けなければならないだろう。
目の前で、白い服を着た明るい感じの女性が、スポーツスタイルの男と腕を組む。
やめろ。
その手をすぐに離せ。
なんなら手伝ってやるから。
私は気が立っているんだ。
ゆめタウンに宣戦布告を叩きつけられ、この身体は臨戦状態に移らざるを得なくなっている。
いい加減にしないと、「私の戦闘力は53万です」と口にしなければならないんだぞ。
その辺、分かっているのか。
そうやって殺気をバリバリと飛ばしていたが、ラブにフォーリンな2人は全く意に介せず、それどころか私に気を遣うかのように右側に身を寄せた。
やめろ。
その気遣いを今すぐ止めろ。
みじめな気持ちになるから。
やりきれなくなって、「フィジカルキャンセラー全開ッ!! エキゾチックマニューバぁッ!!」と叫びたくなった。もう相対性理論とかぶっちぎってしまいたくなった。
そうして途方もない悲しみに心を痛めているうちに、エスカレーターは役目を終えた。
前方でまばゆい光を放ちながら2人は歩いていく。
そして、フタバ図書の、カジュアルな雑誌のコーナーで右に折れていった。
そうか。
そうだよな。
どうせあなたたちはナウでヤングな雑誌でも読むんだろ。
ファッションとか家具とかそういうものを一緒に読みあってキャッキャするんだろ。
いいさ。
わかってる。
絶対、森見登美彦なんて読まないんだろ。
わかってる。
あれは恋人がいる人間には無用の長物だ。
登場人物をあざ笑いながらもどこか共感できてしまう自分のような人間しか面白いと感じられないんだろ。
どうせ君たちは伊坂幸太郎とかを読んでるんだろ。
好きにすればいい。
私はそれでも森見文学を読み続けるから。
そうやって、期せずして本屋でも怒りのボルテージを高めてしまった。
どうしようもないので、とりあえずまた食品売り場へ降りてみた。
商品はさっきより全く減っていない。
多くの学生達の眼には、半額でないことに対する驚きの色が見えた。
どうだ。
ゆめタウン食品売り場の従業員達よ、思い知ったか。
そう簡単に暴政に屈する民衆ではない。
何だかんだで広島大学生だ。
偏差値は低いし馬鹿が多いと罵られても自分を筆頭にうなだれるしかないが、それでもとりあえず国立大学生だ。
「私学は絶対無理」と退路を断たれた状況で戦い抜いた若者を甘く見るなよ。
そのようにめらめらと情念を燃やし、私は持久戦に臨むことにした。
従業員のおじちゃんおばちゃんは頻繁に裏方から出てくる。
おばちゃんの方は常に値引きシールらしきものを手にしている。
しかし出てくるのは毎回、商品を並び替えるためだ。
非常に巧妙なフェイントの連続に、平常は金剛不壊の精神力を誇る私も何度か心をぽきりと折られそうになった。
さすがスーパーのおばちゃんだ。
このような大学生の弱点を見事なまでに知悉している。
だが、屈さんぞ。
黒服サングラスのおじちゃんに脇を固めてずるずると引きずり出されない限り、値引きの時を待ってやる。
あくまで、持久戦だ。
「ヨーコさん、お願いがあります」などと言って頭を下げるなぞ言語道断である。
しかし、いい加減おじちゃんおばちゃんに怪訝そうな視線をぶつけられるようになってきたので、軽くポジションを変更することにした。
野菜売り場から、魚売り場まで。
“島”に積み上げられたこんにゃくラーメンの影に身を潜めながら、しかし私は屹然とした表情のまま胸臆から滲み出る執念をそのまま眼力に変換し、ヤシマ作戦ポジトロンライフルもたじろぐような高出力の眼光を全力で照射していた。ともすれば宇宙怪獣も万単位でぶち抜かん勢いである。
と、普段と違う様子でおばちゃんが出てきた。
商品の前に立ち、せっせと両手を動かしている。
まさか…………
コロッケ、半額。
やった!
ついにやったぞ!
暴政が屈したのだ!
民衆の勝利だ!
そうやって自家製の美酒に浸りながら、本命のうなぎ弁当を見やった。
相変わらず3割引のままだった。
な……
おのれゆめタウンッ! まだ罪なき民を愚弄し続けるというのかッ!!
コロッケは許すとして、うなぎ弁当は諦めるとして、しかし米が足りない。
おにぎりは未だ2割引の低空飛行を保っている。
どうやら、私の戦いはこのおにぎりで終結するらしいな……。
最後の持久戦の始まりだ。
とりあえず他のコーナーをぐるりと回り、軽くおじちゃんおばちゃんの警戒を逃れてから、再びさっと舞い戻る。
今度は豆腐コーナーで待つことにした。男前豆腐の前で、「(割引)やらないか」と腕を組む。
5分ほど経った頃だろうか、ついにおばちゃんが再びその姿を現した。
おにぎり、3割引。
くうぅ……ッ!!
ギリギリのラインを突いてくる……ッ!!
ざわ…ざわ…と俺脳内会議室が騒ぎ始めたが、もはやこれ以上の持久戦は無意味であると判断するしかない。
何故ならば、おにぎりの値引きしか期待しない以上、例え半額まで耐え切ったとしても削減費は1つにつき約20円、自給換算にすればスズメの涙ほどしかない。
何より、見せ掛けの希望を手に入れた若人たちがサッサとおにぎりをカゴに放り込み始めたのである。
買い逃すのは、最もしてはいけないことだ。
仕方ないが、妥協しよう。
pechon、戦線を離脱する!
この後、遠方の地「レジスター」にて、「売買成立条約」をゆめタウンと結んだ。
そのときの誓約文は感熱紙にきちんと刻み込まれている。
悔しい。
どういうことだ、ゆめタウン。
あろう事か最大数の消費者である学生を裏切るようなこの行為。
ゆめタウンが消耗品を法外な価格で売りつけていることは誰もがよく知っていることなんだぞ。
関西人をなめるな。儲けすぎているだろうが。
ふざけるな。
半額くらいケチケチせずにさっさとしなさい。
それともアレですか。
みんな半額にならないと買わないからってことですか。
ふざけるな。
金銭的余裕があったら半額でなくてもさっさと買ってるよ。
第一半額にならない限り、値段の上ではすき屋に軍配が上がるんだぞ。他の要素は元よりだ。
スーパーのおかずや弁当類は、本来的には学生にとってそう魅力的ではない、正確に言えば用意に代替可能なものなんだぞ。
それを値段で無理やり惹き付けていたんだ。
だから逆に言えば、値段から魅力が消え失せれば、学生など食品売り場に寄り付かなくなるかもしれないんだぞ。
結果的にゆめタウンでの消費行為への積極性が減衰し、顧客数が減少する恐れだってあるんだぞ。
ケチケチするな。
結局はこれだが、「半額にしてくれ」。
これからはゆめタウンとの付き合い方も考え直さなければならぬ。
よもや学生に刃を向けてくるとは。
下宿学生の大部分を支える店舗である以上、良心は出来るだけ失わずにあり続けてもらいたい。
そも「学園店」とはなんぞや。